上海ふたりぐらし
息子は私の隣りで、また飛行機に乗れたことを喜んでいる。活発で人見知りしない性格のため、中国行きを誰にも心配されなかったが、彼にも葛藤はあったようだ。別居による引越し、慣れたころに今度は言葉の通じないところへ。当時の彼はぬいぐるみによく、こう話しかけていた。
「はちがつに ちゅうごく いくから あえなく なるね でも 6さいに なったら かえって くるから」
 聞くたびに私の心はチクリと痛んだ。何も理解していないと思っていたが、でも彼は5歳なりに現実を受け止め、自分の中で消化しようと懸命だったのだ。
 およそ2時間後、飛行機は上海浦東空港に着陸した。大学には無事に着いたが、案内板に従ってもなかなか留学生寮にたどりつかない。何しろこの大学は広い。端から端まで歩くと30分は優にかかる。30キロ近くあるスーツケースを押し、だんだん元気の無くなってきた息子を励ましながら歩き続けた。途中何度か通りがかりの中国人に尋ねたが、どれも正確ではなかった。そのおかげで同じ道を何度も行ったり来たりしなければならなかった。そろそろ私の体力も限界に近づいた頃、三人の中国人男性が、どこに行くのかと聞いてきた。もう期待しなくなっていた私だけど、運よく彼らも同じところに泊っているらしい。荷物を持ってくれ私たちを寮まで連れて行ってくれた。この日、私は中国人の親切さといい加減さを知った。

 上海上陸2回目のこの日、寮に着いた後の記憶はない。ただひとつ、はっきり覚えているのは、夜中にまた息子がベッドから落ちたこと。今度はほっぺにケガをしてしまった。大声で泣く息子を抱きしめながら、私はまた自分に言い聞かせた。
「大丈夫、これは悪い前ぶれじゃない。明日はきっといいことある。
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