上海ふたりぐらし

ふたりぐらしの始まり

 期待に反して、翌日も問題発生。中国語に自信がなかったので、しばらくは寮に住むつもりでいた。ただ、息子の食事の用意のため、自炊できることが絶対条件だった。しかし寮の人が言うには、ここにはそういう設備がない。自分でコンロやお鍋を買って作る人もいるらしいが、私には幼い息子がいる。毎日のことなので、そんなおままごとセットでは困るのだ。
 だが、彼らはそんなことおかまいなしで、日本語に訳された寮の契約書を持ってきて、さっさとサインしてお金を払え、と言う。寮費は一学期5ヶ月分を一括払い。日本円にして25万円ぐらい。自費留学の身には大金だ。少し考えさせて、と言う私に彼らはしつこくサインをせまってくる。なんとかその場を切り抜け、上海で唯一の友達、上海人でしかも日本語ペラペラの徐小姐に電話することにした。
 今思えば、何をするにもまず彼女に相談するべきだったのかもしれない。そうすれば余計な手間がかからずに済んだだろう。でも当時の私は、できるところまでは自分でやってみよう、と決めていた。外国で暮らすのだから、この先面倒なことはもっとあるはず、こんなことぐらい一人でできなくてどうするんだ、と。
 幸い彼女と連絡がつき、私たちはすぐに会う約束をした。彼女に状況を説明すると、
「それじゃ、部屋を探さなきゃ。」
と、翌日早速部屋探しが始まった。一軒目の不動産家さんは、はずれ。紹介された部屋は、陽当たりが悪かったり、家具が極端に古かったり、何より接客態度が悪かった。そこで、店を変えることにした。二軒目は当たり。おじさんは、
「安心して。きっと今日中に見つけてあげるから。」
と言ってくれ、私は半日で5つの物件を見て回った。そして、おじさんのいうとおり、その日のうちに気に入った部屋を見つけた。
 私たちは週末に、新しい部屋に引越した。通りに面した、南向きの大きな窓から、明るい陽ざしが差し込む気持ちのいい部屋。契約も無事に済み、寮の3倍以上ある部屋で、私たちの「上海ふたりぐらし」が始まった。その部屋で迎えた最初の夜、私はベッドに入りこう思った。
「何て落ち着くんだろう。まるでずっとここに住んでたみたい。結婚して新居を構えた時は、半年経っても馴染めなかったのに。」

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