上海ふたりぐらし
 こんなに焦ったのは初めてだ。が、神様は私たちを見捨ててはいなかった。しばらくすると、団地の住人かと思われる一人の男性が通りかかった。すがる思いで、再び状況を説明した。というか、説明しなくても見れば分かると思うけど。すると彼は、工具を取りに行ってくる。と、どこかへ消えてしまった。
 本当に戻ってくるのか不安だったが、数分後工具箱を抱えて彼は戻って来た。疑ってごめんなさい。
「この鍵、壊してもいい?」
 選択の余地はなかった。
「はい、お願いします。」
 私たちが再び外の空気を吸ったとき、既に一時間以上が経っていた。彼は内側のドアの鍵を指差し、続けてこう聞いた。
「これも、壊す?」
「これは、壊さないで、後はなんとかするから。」
「でも、中へ入れないだろ?」
(そうだけど、こっちのは高そうだから)
と心の中でつぶやいて、彼には、
「大丈夫、ありがとう。」
とだけ言った。
 そうは言ったものの、どうしていいかわからなかった。手元にあるのは、自転車の鍵と小銭、それに息子。大家さんに連絡すればいいのはわかっている。でもケイタイも部屋の中なので番号がわからない。友人の徐小姐なら知っているはずだが、彼女の電話番号も覚えていない。そこで私は、最近知り合ったばかりの日本人を訪ねることにした。先週皆で食事をしたときに、彼女が徐小姐と電話番号を交換していたのを思い出したから。
 M子は私と同じ大学の留学生で、寮に住んでいた。寮まで自転車で10分の距離だ。息子を後ろに乗せ、彼女がいることを祈りながら急いで自転車を走らせた。
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