お大事にしてください
「尚美。」
バスから降りてきたのは、尚美だけだった。この辺りには、幸の通う高校以外に何もない。一面、田んぼが拡がっているだけだ。夏休みになると、この尚美のように数人の学生だけが、バスを利用していた。
「幸、いい所に来たね。学校まで乗せてってよ。」
学校まではバス停から、さらに二十分ほど歩く。この暑い中を、さらに二十分も歩かなければいけないと言うのは、少し太った尚美にはかなりの試練だ。そこに自転車に乗って現れた幸。尚美にとっては、まるで女神のように見えたことだろう。
「えぇ、勘弁してよ。私だって、ここまで十分以上走って来たんだからね。尚美を乗せて学校までなんて無理、無理。」
「ね、お願い。乗せてって。タダとは言わないからさぁ。今日、購買でアイス二個、これでどう?」
「三個、これならいいよ。」
幸はよほど尚美を乗せたくないのだろう、少し無理な要求をしてみた。しかし、それ以上に、尚美は歩きたくなかった。
「うーん、わかった。じゃ、よろしくね。」
荷台に腰を下ろすと、幸に向かって微笑んだ。
真夏の太陽と尚美にしがみつかれたせいで、学校に着く頃には幸は汗だくになっていた。
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