お大事にしてください
六郎の目覚ましは、はじめ音が小さく、それから徐々に音が大きく鳴っていく。六郎はいつも音が鳴り始めたばかりか、遅くとも少し音が大きくなったところで止めてしまう。キッチンにいる妻に音が聞こえる事など、今まで一度もなかった。
何か聞こえ始めた。
「何かしら?」
耳を澄ますと、目覚まし時計の音だ。
(昨日、あんなに飲んで帰ってくるから・・・。さすがのあの人も起きれなかったのね。)
朝食の準備を止め、寝室に向かった。
「あなた、起きないと会社遅刻するわよ。」
すぐに返事があるものだと思っていた。だから、ドアを開けず、ドアの前で大声を出した。聞こえないのだろうか、返事がない。
「ちょっとあなた。遅刻しますってば。」
しかたなくドアを開けた。やかんでお湯を沸かしている途中だから、キッチンの方を気にしつつ開けた。
ふとんを頭からすっぽり被っている。
窓の外を見ると、半袖姿の子供達が見える。夏だと言うのにどうした事だろう。
(熱でもあるのかしら。)
側に寄ろうとした時、何かを踏み、乾いた音が聞こえた。手に取ると枯れ木のようにも見える。
(何かしら?これ・・・?)
よく見ると、他にも床にいくつか落ちている。しかし、今は気にしている暇はない。
「あなた、起きて下さい。」
ふとんをめくった。考えた。そこにいるのはどう見ても夫ではない。しかし、それは夫のパジャマを着ている。もう一度考えた。そして、それから大きな叫び声をあげた。
六郎の姿はミイラだ。ミイラになっている。そうとしか表現出来ない。
そのまま意識を失った。
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