【短編集】時空郵便

全くの会話もなく食事を取る2人。

8時を回った時計を見て老人から先に切り出した。

「タダキチは遅いのう。」

嫁の料理の腕前は、お世辞でなく中々のモノだったし、老人は食事の時は静かになる。

それが分かってるからか嫁のさっきまでの怒りも完全に消え去っていた。

「タダキチさん残業だそうですよ。ほら、さっき電話があったでしょう?」

「あー、そうかそうか。タダキチは働き者だ。」

「そうですね。」

いつの間にか2人に笑顔が見える様になっていた。

こうやって些細なことでいがみ合って、些細なことで笑いあう。

そんな日々も良いのかも知れない。そんな風に嫁が思い始めた頃には、老人をある病気が蝕み始めていたのだった。



「ふぁあ。ただいまー。」

九時半を回り、ようやくタダキチが帰宅をした。

嫁が玄関まで出迎え、カバンと脱いだコートを寝室まで運ぶ。

2人が寝室へと向かっていると、ちょうど老人が風呂を終え出てきた。

「なんじゃタダキチ。こんな時間に何処か行ってたんか?」

「出掛けてたわけじゃないよ父さん。残業だよ、残業。」

「そうか、そうかタダキチは本当に働き者じゃな。」

何気ない会話に嫁だけが違和感を感じていた。

寝室に行くとタダキチが言う。

「父さん僕が出掛けてたと思ってたね。残業のこと言ってなかったのかい?」

「ううん。ちゃんと言ったわ。でもご飯の時に言ったから忘れちゃったのかも。」

「はは、そっか。父さんおっちょこちょいな所があるからな。」

スーツから着替えたタダキチが遅めの夕飯を食べにキッチンへ向かうと、何故か老人が椅子に座っていた。

「あれ?もしかしてまだ食べてなかったの?」

「当たり前じゃ。わしはタダキチと食べようと待っていたんじゃから。」

「おかしいな、アイツさっき夕飯の時に話したって言ってたんだけどな……まぁ良いか。」

老人のこの行動を軽くとらえてしまったタダキチが老人の分と自分の二人分のご飯をよそった。

たあいもない話をしながら2人が食べ始めた。





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