【短編集】時空郵便
「アルツハイマー?何ですかなそれは?」
聞きたくなかった病名が、老人に付き添った2人の耳に突き刺さった。
医者は老人にも分かりやすいように表現を変え繰り返す。
「アルツハイマー、つまり昔で呼ぶところの痴呆ということです。」
「痴呆?わしが……?失敬な!!変えるぞタダキチ。こんなヤブ医者に診られたら、健康でも病気にされちまう。」
タダキチが止める間もなく診察室から出ていってしまった老人。
「お爺さんは病気の進行もそれなりに進んでしまっています。アルツハイマーの患者さんや御家族は始めは認めることが出来ない場合がほとんどです。」
老人に付き添いに診察室を出ていったタダキチ。
医者は嫁にゆっくりと落ち着いた声で説明を続けた。
「アルツハイマーは今迄の様に戻ることはできません。ですがその進行を少しでも小さくし遅らせることは可能です。」
「はい。ですが……具体的にはどうしてあげたら良いのでしょうか?」
「まずはしっかりとした生活をさせ、薬を必ず服用させること。あとは何か簡単な仕事を任せてあげたり、趣味を作ってあげることも効果が期待できる術の1つですよ。」
そして深々とお辞儀をして診察室を後にする。
先に出ていってしまっていた2人は待ち合い室に座っていた。
「わしが痴呆だと?ヤブ医者め。」
ぶつぶつと文句を言う老人を、タダキチが優しく宥めている。
その姿だけで嫁は涙を止めることができなかった。
家に帰り、静かに静かに時間だけが駆け足で流れた。
処方された薬を拒んだ老人だったが、嫁の涙の頼みにしぶしぶ飲んだ。
「なにか簡単な仕事や趣味を与えてあげると良いんですって。」
寝室に小さな明かりだけを灯し話す。
「そうだな……習字なんてどうだろう?父さん若い頃に一時だけ習字の先生をしていたし。」
「良いわね。明日さっそく買ってみるわ。昔のやつは前に捨ててしまったし。」
この部屋に灯る小さな明かりの様に、2人の気持ちも僅かに晴れる。
「こういうのは辛抱強くって聞くし、君には苦労させてしまうと思うけど、頑張ろう。」
「ええ。」