【短編集】時空郵便
「誰が習字なんかするか!!」

そう始めは怒鳴っていた老人だったが、奮発して買った新品の習字セットを見せると、お気に召した様で。

それから毎日、あの柿の木の見える部屋で何枚も何枚も字を書いた。







月日が流れ、六年後の秋。

いつも通りに老人が習字をしている。

しかし絶えず震えてしまう手では思うように字など書けず、白い和紙に黒いミミズが這っているようだ。

「はぁ、とうとう字も書けなくなってしまったか……そろそろワシもそっちへ行くよ婆さん。」

柿の木を見ながらぼそりと、しかし確かに語り掛ける様に、そう力なく呟いた。

ガサガサ。

塀の裏から木の棒が見え隠れし、赤く成った柿が作為的に落ちていく。

「こらぁ、悪ガキども……」

窓を開けて思い切り叫ぶが、塀一枚隔てたそこにすら声は届かなかった。

「言えばくれてやるんだ。盗みなんてするな……」

裸足のまま庭に出て、老人は柿の木に手をあてる。

――と、カサカサ。何かが落ちてきて老人はその白い紙を取る。


「どーもー、毎度お騒がせ。安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ。『時空郵便』です。」

突然現れた男に老人は何故か見覚えがあった。

「あんた、まさか……わしが赤ん坊の時の。」

男は何も答えずに、小さく笑う。

「これは……」

開けた手紙に書いてあったのはミミズの様な鉛筆の跡。

赤ん坊の時に書いたそれと、今こうして和紙に書いた字はまるで同じで。

老人は目に涙を浮かべる。

「そうか、ありがとう。字も書けなくなってしまったと思っていたが。わしは今も昔も何一つ変わってなどいないんだなぁ……」

男は帽子を取り、一礼すると音もなく消えた。

「お義父さん、お体が冷えますよ。」

「あぁ、今いく……」



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