【短編集】時空郵便

「だけど、こんな所にまで来てくれて申し訳ないのだけれど、私にはその手紙は必要ないわ」

「えっ」

青年があまりに驚いた顔をするもんだから可笑しくてね、少し笑ってしまったよ。

「だってなんだか勿体ないもの。昔の私も、未来の私も今のこの一瞬一瞬を生きているのだからね。

喜びも悲しみもあった昔が私は大好きよ?喜びも悲しみもあとどれほどか分からない未来も私は楽しみで仕方がない」

ぼーっとしている時も、悲しみに押し潰されそうになった時も、喜びで跳び跳ねた時も、惜別に打ちのめられそうになった時も、どんな時も。

一瞬一瞬がすごく大切なもので、かけがえのないもので、それでいてありきたりなもの。

「その手紙は人にとってとても有意義な存在だと思うわ。だけど私は受け取れない、ごめんなさいねぇ」

私は青年に手を合わせて頭を下げた。

「そうですか。いやー、話には聞いたことがあったのですが実際に受け取っていただけない方に出会うのは初めてですよ。

私は欲や煩悩には関心もないし、肯定も否定もする立場にはありませんが、皆こぞって「奇跡の様な手紙だ」と一心不乱に思いの丈を書きなぐっていましたよ?


最後の確認てやつだね。

でも、ごめんなさいねぇ。答えは変わらないのよ。

私が首をふる。そうしてまた青年は笑った。

「それでは、私との出会いと会話の一切を消去し、私はおいとまさせていただきます」

どうして、そんな笑顔をするのかねぇ。

感情を圧し殺した様な笑顔。

「一つだけ頼みたいことがあるのだけれどお願いできるかしら?」

「はい?アタシにできることは手紙を渡し、受けとり、届けることくらいですよ?」

「いーや、そんなことはないさ」

青年は首をかしげる。

「「おばあちゃん元気でね。また来るよ」って言ってくれないかい?」

「あ、えっと。アタシが現れるのは人生に一度きり。

もう会いに来ることは不可能なのですが…」

「なに真面目に返してるんだい。そんなことは分かっているよ。

だから約束ではなくてお願いなんでしょう。」

青年は被っていた深緑色の帽子を取って、胸に当てた。

「おばあちゃん元気でね。また会いに来るよ」

温かい言葉だ。

時空を越える手紙よりもよっぽど奇跡のようじゃあないか。

それがお互いに了承している嘘であったとしても、私には「また」という言葉は希望に見える。

「郵便屋さんありがとうねぇ。私もあなたを忘れない。またおいで」

私の頬を涙がすっとこぼれ落ちた。

青年は帽子をかぶりなすのだけれど、さっきよりも大分と深く被っている。

「それでは、失礼しますね」

頭を下げるとすっと消えた。

私の意識の中からも。

そしてふと現実の世界に戻ってくる。

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