ぼくらの事情
予め澪路からの連絡で病室まで聞き出していた理事長は、半ば駆けるようにして廊下を突き進んで行く。
「ったく。娘より先に行ってどうすんだよ」
そんな父親に呆れながらも、見失わないように繋いだ手を引き、早足で進む響生。
視線の先で父親が飛び込んで行った個室の前に差し掛かった所で、
「どうしたんだよっ」
ずっと響生に引かれていた手を、絆が強く握り返して動きを止めた。
振り返った先には俯いた絆が居て、下ろした栗色の髪がその表情を隠している。
「……ママにもしものことがあったら……どうしよっ」
絞り出すように呟かれた声はか細く震え、繋いだままの手も同調するようにか細く震え始めた。
「何言って」
「独りぼっちになっちゃうよっ。ママとやりたいコト、沢山あったのに……何も出来ないまま、独りぼっちに……」
顔の両側に枝垂れた栗色の中から、ポロポロと零れ落ちていく雫が、足元の廊下にシミを作る。
涙で震わせた肩は細くて、このまま壊れてしまいそうにさえ思えた。