ぼくらの事情
「それに。一度きりの高校生活なんだから、ちゃんと学校にも行って……」
「そんなときばっかり母親面しないでよっ!」
「絆っ」
澪路に短く窘められ、絆は気まずげに雅から視線を逸らした。
熱くなった頭の中を鎮めるように、膝の上の右手をギュッと握る。
「いいのよ、澪路。それより車出して頂戴」
「はい、雅さん」
雅の言葉で素早く椅子から立ち上がった澪路は、絆にごちそうさまを告げてスーツのジャケットを羽織った。
静まり返ったダイニングに、椅子が床に擦れる音だけが響く。
「母親らしい母親じゃない私が言うのもなんだけど」
「…………」
「学生生活でしか得られないモノって沢山あるものよ」
一瞬、ふわっと笑った雅の顔はいつになく優しくて、絆は視線を反射的に逸らした。
こんなときばっかり母親の顔はズルい……。
「雅さん、準備出来ました」
「今行くわ」
玄関から聞こえた澪路の声で、雅は颯爽とダイニングを後にしていく。
見慣れた背中。
いつも凛とした、強い女性の後ろ姿を黙って見送った。