ぼくらの事情
「絆っ。なんかあったら携帯に連絡しろよ」
重たい玄関の扉が閉まる間際に聞こえた澪路の声に、思わず溜め息が零れた。
今度みんなで食卓を囲むのはいつだろう……。
数週間ぶりに三人で食べた朝食を片付けながら絆は思う。
モデル事務所の社長である母は、物心ついた頃から家にはあまり戻らない忙しい人だった。
父親は生まれたときから居なくて、生死すら聞かされていない。
母親の秘書である澪路は血の繋がりの無い赤の他人。
小学校の六年間を寮で過ごした絆は自分たちを、少しばかり家族として特殊な形をとっているだけだ。
ずっと自分にそう言い聞かせてきた。
そして、若いながらも母の秘書をつとめている澪路は、兄のような存在で自分を可愛がってくれる。
自分の世界にはそれだけあれば充分だ。
だから、今日も絆は制服に袖を通さない。
絆の目指す場所は高校なんかじゃない。
雅や澪路と共に過ごせる、モデルの世界だった。