ぼくらの事情
「はぁ……」
車の後部座席で、雅が何度目かの溜め息を漏らしていた。
敏腕女社長である雅のこうした姿を見ることは珍しい。
しかし、理由はたいてい決まっている。
「なんで高校に行きたがらないのかしら……。楽しいのに」
それをバックミラー越しに窺う澪路は小さく笑い、
「雅さんと違って、絆はあまり社交的な方じゃ無いですからね」
初めて絆と出会ったときのことを思い出していた。
絆が中学生になったばかりの頃。
行く宛も目的も無くさまよっていた自分を、モデルとして拾ってくれたのが雅だった。
自分で稼ぎ、居場所を与えてくれた雅が生活が安定するまで提供してくれたのが自宅の一室。
小学校の六年間を寮で過ごしていたという絆の第一印象は、無口で表情が乏しい人形のような女の子だった。
「俺にもなかなか心を開いてくれなかったし」
「そうねー。初対面の澪路を私の愛人呼ばわりしたのよね、あの子」
同時に苦い笑いを浮かべた二人の頭にふっと蘇る光景。