ぼくらの事情
「アンタ、ハゲるわよ」
行く宛もなくぶらついていた自分に、何の前触れもなく突然声を掛けてきたのは……端正な顔立ちの女性だった。
シワ一つ無いスーツに身を包み、高いピンヒールのパンプスで仁王立ちした彼女は、
「派手に脱色して……。そんなに目立ちたいっていうなら、いくらでも協力してあげるわよっ」
こう言って、ピンクゴールドの名刺入れから名刺を一枚抜き取り、
「変えてみない? 人生」
綺麗にネイルが塗られた人差し指と中指に挟み、差し出してきた。
差し出されるままにおずおずと受け取ったそこには、
代表取締役 美園沢 雅
こう刻まれていた。
胡散臭い。
普通ならきっとそう思うのに、彼女の力強い眼差しには一点の濁りもない。
生意気にもそう感じた。
だから、
「あの…………よろしく、お願いします」
自分は自分の意志で、初めて頭を下げた。
思えば派手に染めた金髪を下げたこの瞬間から、自分はこの人に憧れを抱いていたのかもしれない。
父への反発だけで何も持たない自分に、生きていく術を与えてくれた人だったから。