影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-

百合

私には見えた。

初代の当身が甲斐様に当たる瞬間、それよりも速く甲斐様の苦無が初代の拳を切り落としたのを。

「く…!」

傷を押さえて怯む初代。

甲斐様は油断なく構える。

たかが得物を持ち替えただけで。

そう考えるかもしれない。

しかし実際に、隠密は刀よりもこの苦無を主武器として使っていた。

手裏剣としても、刀としても、穴を掘ったり石垣を登ったりする際にも使用できる万能忍具。

甲斐様はこの苦無を最も得意としていた。

元々の甲斐様の得物がこの苦無だった事を考えても、それは明らかだ。

小回りも、重量も、忍者刀よりも優れている苦無。

苦無を握ってこそ甲斐様の真価が発揮されるのは、長年甲斐様の配下として働いてきた私が一番よく知っていた。

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