影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-
どのくらいこうして潜伏していただろうか。

私はいい加減に痺れを切らしていた。

早くしないと夜が明けてしまう。

これでは夜襲の意味がない。

すぐにこうして焦れてしまうのは、私の悪い癖だった。

しかし甲斐様は違う。

茂みに潜み、姿勢すら崩さぬままにじっと“機”を待つ。

忍耐強さ、揺るがぬ精神力。

忍とは、その名の通り耐え忍ぶ事を必要とする。

その点で言えば、伊賀十人衆の一人、先代下山甲斐殿の息子である甲斐様は、立派な隠密であった。

やがて。

「!?」

城の修繕の為に灯されていた篝火が、突然次々と倒され始めた。

別の場所に潜伏していた別働部隊の仕業だ。

倒れた篝火は、修繕の為に準備されていた木材や資材、或いは兵糧や城そのものにまで燃え移り、大きな炎を上げていく。

「火だ!火の手が上がったぞ!」

「消せ!消せえっ!」

兵士達は、まさかこの炎が伊賀忍者達の仕業などとは夢にも思っていない筈。

敵襲どころか、目の前の炎に気をとられ、完全に動転してしまっていた。

これこそが“変”を読んで “機”を捕らえ、そして“虚”を突くという事。

つまり仕掛けるならば今が絶好の好機。

「行くぞ」

甲斐様が苦無片手に立ち上がった。

「俺に続け!」

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