影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-
しかし。

「そうでしょうか」

甲斐は意外にも異議を唱えた。

「信長と言えば仰るとおり、魔王とまで呼ばれる男…その気性の荒さと残忍さは日本全国に伝わっております…誰もが考えるでしょう。織田信長とだけはまともに戦いたくない、奴だけは敵に回したくないと…」

「甲斐…お主まさか」

わしは甲斐の顔を見る。

「甲賀が裏切るというのか?我ら伊賀との盟約を破棄し、信長の軍に寝返るとでも?」

「……」

言ったきり、甲斐は口を閉ざす。

確かに、あらゆる可能性を考えるべきだ。

物事を「それが絶対的」とは見ずに、相対的、流動的に捉える。

それが隠密の基本理念。

だが…わしも老いたのだろうか。

古くからの戦友である甲賀。

その甲賀が我らを裏切るなどとはどうしても考えられなかった。


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