影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-
しかし。

「何を仰います」

ようやく呼吸を整え、百合は顔を上げた。

悲しげな顔。

だがその中に、確固たる意志が秘められていた。

「伊賀の里が消えようと滅びようと甲斐様は大恩ある私の師であり、尊敬すべき小頭であり、そして…」

「…?」

何故百合がそこで言葉を切ったのか、俺にはわからない。

何か言いよどんだように見えたが。

「とにかく」

百合は強い眼差しで俺を見つめる。

「百合は甲斐様にお供致します。死が分かつその日まで、百合めは甲斐様の配下のくのいちに御座います」

「百合…」

全てを奪われ、全てを滅ぼされ、途方に暮れようとしていたが、そうではない。

そうではないのだ。

伊賀忍軍は滅びてはおらぬ。

俺はまさに、歳若い配下のくのいちに、その事を認識させられていた。

有り難い。

この娘の、何と心強い事か。

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