そしてきみはどこにもいない
「遅刻魔ってなによ。もう遅刻したって仕方ないって、ね」
「まあ、そうなんだけど。ね、悠ちゃん、かりかりしないの」
「ちゃん付けやめろ」
 いつもそんな風な感じで三人で登校している。
 毎日毎日がこんな感じなので、もう慣れてしまっているのか私も周りから浮いているなど思っても居なかった。と言うかそれ以前に美波と悠は付き合っているので、一緒に居るのは本当に当たり前のことなのだが。 

 私ときたら、今思えば好きな人など居なかった。
 気になる程度の人は過去に何人もいたが、恋などしたことがなかった。どうしても先のことを考えてしまうからでもあった。……いや、一人居ただろうか。
 一人、居た。もう閉まってしまった記憶の、胸の奥底にいる。今も未だ忘れられない存在が。それはまだ、忘れるには時間が経っていない。
 良いなあ、私も恋がしたい。そう言うと決まって美波も悠も「お前には一生無理だよ」と笑うけれど。

 *

「麻(アサ)、ね、聞いてる?」
「へ、え、あ、ごめん、聞いてなかった」
 
 麻、と自分が呼ばれていることにしばらく気が付かなかった。
 むしろこの子と話しているのが億劫で仕方なかったからだ。
 この子と言うのは葵のことであり、私はどことなく彼女が苦手だった。嫌いだったわけではない。ただ、イケメン好きなだけで。
 あーだこーだ言われても私にはよく分からないことだらけなのだ。
 何故私に付きまとうのだろう、と思ったこともあるけれど。

「ねーっ、B組の新川君っ、格好いいよ!」
「あらかわクン?」

 誰だ、それは。
 そう言いかけたときだった。意味も分からずに突然葵が廊下へ駆けだしたのだ。
 その反動で動いてしまった椅子が、引きずるような音を立てた。
 
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