百地外伝~夢と希望



草いきれと、そよぐ風。

見上げた星空。

優しくあたしを包んだ、心波の大きな手。



愛しさと畏れ。

例えようのない激しい感情に、胸が圧倒された。

あたしの目から一筋の涙が溢れ出る。


涙とは不思議なものだ。

流すことで調和を生み、心の均衡を保つのだ。



涙は頬を伝い、あたしの口元を濡らした。



舌を湿らす涙の塩辛さが、あたしを現実に引き戻す役割を果たす。

これもまた、涙の効用。


あたしは我に返った。


そう、現世の自分、田中夢子に。



そしてあたしの目は、心波の隣りで、同じようにあたしを優しく見つめる瞳を見つけた。



百地忍。

あたしの夢の王子様、そしてあたしの対の者。



今のあたしは、懍おば様とは違う立ち位置にいる。

忍を対の者と知りながら、まだそこに愛を認めていないのだ。


そう、あたしは未来を知りながら、ここに留まっている。



あたしは舞台の上で動きを止め、心波に向かって手を差し伸べた。

懍おば様の心波への愛を体現した今、懍おば様が犯した過ちを、あたしははっきりと自覚した。



心波を愛したことが過ちなのではない、未来を変えようと今を偽ったことが過ちなのだと。



だから懍おば様は原爆の夢にこだわった。

夢に捕らえられ、狂ってしまわれた。

だからあたしは伝えなくてはならない。



心波に、懍おば様の愛を……
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