抜けないリング~先生の薬指~


「ありがとうございます。」

これだけ捨てぜりふのように吐いて、しっかりと歩む。先生の横を通り過ぎて。


お礼を言えた自分を誉めてあげたい。



先生の顔を見る余裕も勇気もなかった。
資格もなかった。



模範解答。

幸せ者で羨ましいですね。と心底嬉しそうに、まるで自分のことかのように言わなければならなかった。

どこで式を挙げましたか。何年経ちますか。奥さんはおいくつですか。
会話を広げなければならなかった。




それは知ってた。
解答は知ってたのに、導き出す方程式が浮かばなかった。


何をxと置き、yとするのか。
展開や因数分解はどうすれば出来るのか。



いや、こんな問題は数学ほど難解な問題ではなかった。


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