セピア
プロローグ
いまなら、言えるんだろうか。
“あのとき言っていれば・・・”
“今なら言えるのに”
それはただの愚痴、後悔。
胸のなかの深い底からふいにブクブクと浮かんでは消える、泡みたいに。
無駄なこととはわかっていても消えることはなくふとしたときにあの人の顔が浮かぶ。
サッカーボールで遊ぶ群れを見つけたときとか。
自分では絶対に買わないコーラ味の飴をもらったときとか。
銀色にとろける針を手にしたときとか。
道場から威勢のいい掛け声が聞こえてきたときとか。
思い返すのは無駄なことだ。
もう戻らない昔を嘆いて少し美しいと感じる自分と手に入れることができない人を想うスペースをいつまでも空けてしまう自分。
あまりに馬鹿げている。笑える。涙がこぼれる。
想って過去の後悔をしても日常は変わらない。少しも向上することはない。漫画や小説みたいに再会して繋がるなんてことは100%無理な話だ。
想うだけで動けないのは無駄で不毛なことなのだと思う。
でも、でも、どうしても再会を夢見てしまう。名前を呼んでしまう。驚くほどに切望している私がいる。
思っては忘れるように努め、また思い出す。