記憶の破片
.



廊下から漏れる明かりで、お母さんがリビングにいることがわかった。



「ただいま」



カチャと音を立ててリビングのドアを開けると、お母さんは夕飯の仕度をしていた。



「おかえり。今日ね、お父さん飲み会で遅くなるって。だから、今日の夕ご飯は沙江とふたりね」



キッチンから首だけ捻って私を見るお母さん。


お母さんは、お父さんと土方さんとの狭間でなんの迷いもなかったのかな。



「…お母さん」



「なぁに?」



包丁のリズミカルな音とは対照的な私の心の中。


このどよんとした気持ちが晴れることはあるのだろうか。



「…おか、さん…どうしたら、いい…?」



止まったはずの涙がまた零れる。


ポタポタと止められない涙が溢れ出て、頬を濡らしていく。



「沙江、ソファーに座って」



コンロの火を消したお母さんが私の肩に触れて、ソファーに座るよう促す。


促されるままにソファーに座ると、お母さんは一度キッチンに戻って、カップを2つ持って私の隣に座った。



.
< 82 / 98 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop