【短編】お願い、ヴァンパイア様
「その本は、神や仏ではなく………」


 魔女みたいな売り子が言葉を続ける中、わたしの瞳からははらりはらりと、涙があふれていた。


 脳内をこだまする数々の言葉たち。

そのたびに、わたしの体にしみてくる。



 そう、わたしは知っている。

銀の器をスプーンに変えてしまったことも。

使い終わった薔薇はすぐ萎れてしまうことも。


「…はぁっ……、はぁ…っ」


 息切れのなか、よろめいたわたしはその場にへたりこみ手を着いていた。

まるで絵本をめくっているように、場面場面が映りかわる。


しらないはずなのに、わたしはそれがなぜ知っている。


 前のめりになった態勢からカバンが肩からずりおちた。

その衝動で、ころりとわたしの手元には和柄の小さな近着が転げ落ちる。


「ヴァ、ンパイア……」


 …―そう。媚薬を手に入れるには、『彼』が必要なのだ。

哀しい瞳を携えた、ヴァンパイアの牙が―………。


 売り子が持っているその分厚い魔術書。

その本は、ミーナさんの愛と『彼』の孤独……そして、わたしたちを助けてくれた神崎さんの魔法みたいな奇跡がつまってる。


 記憶の欠片がパズルのピースのように現れ、次第にその形を作っていった。



「…ン―……」


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