【短編】お願い、ヴァンパイア様
 わたしは『彼』を選ぶために、神崎さんに何度も頼った。

彼女の家業についても、そのとき聞いていた。


 わたしは……

そんな大切な友達のことまで、『代償』と一緒に預けていたなんて。


 目の前の売り子さんは、突然のわたしの様子に驚いてしまうのは無理もない。

けれどわたしにはそれを止める術はなく。

もう会うことの出来ない彼女への後悔と、『彼』がいないことの寂しさでいっぱいだった。


 シトシトと、ついこの間までの季節に降る雨のように、わたしの頬からは溢れる涙。

拭うこともせずに、じっと地面にシミを作っていくのを見つめてた。



 そして、暑い熱いわたしの頬を撫でるように、魅惑の優しい声が響いた。
 


「……あいかわらずだな」


 それはあの日を思い出させる。


突然現れたと思ったら首筋に『牙』をたて、一気にわたしの思考を奪っていった…あの日。


 驚く暇もなく、隣にしゃがみこんできた人影に、わたしは顔を向けられないでいた。


 独特の息遣い。

ふわりと鼻腔の奥底までくすぐるような匂い。



全ては『彼』へと導くもの。


 ……―それでも、信じられなくて。



 一際大きい粒の涙が、頬を伝う。

そんなわたしをみて、すこし困ったような…木漏れ日のような優しい声。


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