S・63
「ちょっと、ザリ子が増えてるよ!!」
そんなはずがない。しかし水槽を見るとザリ子は間違いなく2匹いる。
「あ、本当だ!何でいるのさ」
驚きとともに気味が悪くなった。
しかし兄の「ん??なんだこれ脱皮じゃん。」
という一言でザリ子増殖騒動は一瞬にして去っていった。
それからどのくらい経っただろう。
ザリ子をどのくらいの期間飼っていたのか、そこらへんの記憶は曖昧だが、1番印象に残っている事がある。
それはザリ子との別れだ。
季節は覚えていないが、夕焼けが綺麗だったので時刻は夕方頃だったと思う。
父と手をつなぎ、のんびりと川まで歩いて行った。
「ここら辺で放してあげようか」
父の一言を聞き、水打ち際にザリ子を放してあげた。
その際ザリ子にどんな言葉をかけたかは覚えていないが、きっと
「バイバイ」だとか、
「元気でね」などの言葉を餞別として言ったはずだ。
ザリ子との別れは特別悲しいものでもなく、泣いたわけでもない。
しかしながらザリ子との思い出の中で、出会いよりも脱皮事件よりも1番思い出に残っている。
子供ながらに“出会いがあるから別れがある”という事をザリ子を通じて学んだのだった。
父と手をつなぐ帰り道、私は少し大人になった気がした。