【完】ひとつ屋根の下で。
不思議と、嫌な気持ちは全くなかった。



感じたのは、信じられないくらいの鼓動。



どれだけアタシが念じても、鳴りやまない、煩く響く、脈打つ感覚。



なんでヒカルはアタシにキスしようとしたんだろ?



「マジ……意味わかんねー」



アタシは、体から力が抜けてストン、と地面に座った。



思い出す、ヒカルの硝子細工みたいな綺麗で繊細な顔と眼鏡の奥の翡翠色の瞳。



『なーんかさ、アンタってぬれ煎餅みたいな女だよな』



そう言ったヒカルの抑揚のない低い声。



初めて他人に抱くこの不思議な感情が、アタシには分からないでいた。



心臓が、さっきよりは穏やかだけど、頭いっぱいに翡翠色と、洗剤の香りを広げるように、大袈裟にポンプした。



…………ドクン、ドクン。
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