窓際の月
「あ、すみません……っ」

男は女性が椅子を引き寄せきる前に、すぐに自分の手で持った。そして、静かに座る。女性は男が椅子に座ると、納得したように体を戻した。

「それじゃあ、今日は何の話をしようかな……」

女性は顎に手をそえ、首を傾げて考えながら少し唸り、また窓へと顔だけ向き直らせた。顔の動きに合わせて、長い黒髪もさらさらと動いた。

男はその女性の黒髪と、白い横顔を見て思う。

それはまるで、夜闇に浮かぶ、月のようだと――。

今よりさらに青白いと、まさにそれだ。

男はいつも思った。こんな明るい真昼に、太陽の光を受けている、月があるようだ、と。

「あ、じゃあ、これにしましょう」

女性は一頻り考えたあと、ベッドに視線を移動させながら、独り言のように呟いた。

男はここに来るとよく、女性から話を聞かせてもらっていた。それも、本当にあったことなのか、作り話なのかよく分からない、不思議な話だった。

不思議というのは、現実にありそうだといかにも思ってしまうようなファンタジー、SFのようなものではなく、実際にあってもおかしくはないように思ってしまうような、現実味を帯びない話だった。それは、男にはそういうふうにしか言えなかった。

いつか男が女性に本当にあったことなのか、それとも作り話なのか尋ねてみても、わずかに憂いを帯びた笑みと、「秘密」という言葉しか返ってこなかったからだ。

でも男なりには、人の汚い部分を女性は語っているのだろうな、と思っていた。

女性の話には人しか出てこない。

「えっとね、この話は――」

女性が自分の体の前で、静かに重ねて置いている両手を見つめながら話しだした。

男はその声に顔を上げた。すぐに女性の伏せがちな顔が目に入り、男は少し視線を泳がす。結局、女性の目線の先にある、両手をつられて見て視線が落ち着いた。

さあ、今日はどんな話が聞けるのだろうか――。
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