1人のお嬢様の願い
「…っ、しい…っ」
お母様が私に向かって手を伸ばした時だった。
「奥様。」
一人のメイドの、お母様を呼ぶ声が聞こえた。
「…!!あら。何かしら?」
お母様は驚いたように、振り返り用件を聞いた。
「…旦那様がお帰りになりました。こちらへ来るそうです。」
「え…、ここへ?」
う、そ…。
《嫌だ!!会いたくない!!》
心がいきなり悲鳴をあげた。
「お母様…っ。」
立ち上がり、声をかけた。
お母様は言うだろうか。
さっきの私の気持ちを、
お父様に。
「し、詩依良?」
いきなり、立ち上がった私を驚いたようにお母様は見上げた。
「私は、戻ります…。今日言ったことは忘れてかまわないです。」
そう言い、お母様に背を向けて、来た時と反対方向の中庭の出口へ走りだした。
「詩依良…っ!!」
お母様の呼ぶ声が聞こえたけど、振り返らず走った。
…振り返れる、余裕なんて
私にはなかったから。
全速力で、出口まで行き建物内に入った。
「はぁ……。」
廊下の壁に寄り掛かりながら、
しゃがんだ。
…お父様が怖い。
唐突に浮かんだ、気持ちだった。
いや、
もしかしたら気づいてないだけで前から思ってたのかもしれない。
しゃがんだまま、顔を膝の間にうめて目を閉じた。
私は…
本当は、
何に怖がっているんだろう。
「詩依良…?」