はしりがき(足跡帳)
でね、そんなことを繰り返すうちに、自分の中での変化に気づいたんです。

書けるときはですね、書ける思考と書ける目線になってる気がするんです。

上手くいえないんだけど。



たとえば便所にこもって、目の前の排水パイプを見たとき。

書けないとき。

「ああ、パイプ。1本いくらやろ?」

書ける時。

「僕のお父さんの仕事は地味だ。
パイプを熱で炙り、曲げて加工する。
僕はお父さんの地味な仕事が嫌だった。
時にそれが原因でいじめられた。
(中略)
僕は大人になり、中堅の総合商社に入社した。
当然、父の仕事に対する反感があった。
商社であれば、大小の如何であれ、人を使う立場になれるからだ。
僕は父のように一生をパイプを曲げ続けることに費やしたくない。
(中略)
結婚し、子供が出来た。
だが、家庭を顧みずにがむしゃらに働いた。
(中略)
派閥争いに敗れた。
敗れたというよりも、あれは運だったと思う。
常務側に付くか、専務側に付くか。
たまたま先に声を掛けてきたのが専務側だったということにすぎない。
子会社への出向。
肩書きは部長だが、体のいい左遷だ
(中略)
結局、父のように何も残せない、家庭に逃げるような人間になってしまった。
僕は毎週のように子供を同じ公園に連れて行った。
芸術に関心はないのに、僕の心をひきつける鋼鉄製のモニュメント。
その美しく、天を見上げするどく鳴く鶴の繊細な首のような部分を撫でる。
僕の手に何故だが懐かしいような、記憶を呼び覚ますようなへこみを感じる。
僕は回りに人がいないことを確かめ、柵を越えた。
その鶴首の裏のへこみを指でなぞり、潜り込んで見た。
「と、とうさん…」
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