リラ冷えの頃に
しかしアドニスの耳にその言葉が届かなかったのは、風の所為だけではなかった。

何か思い詰めた表情で、口を開きかけてはまた閉じる。

その瞳の端にリラの姿を映してはいるのだが、心ここに在らずといった様子で、いつもの穏やかな空気を纏うアドニスではなかった。

「…アドニス?」

リラの呼びかけにも「ん?」と小さく返ってくるだけ。

そんな様子に、リラの胸はザワザワと落ち着きをなくしていった。



「リラ…」

湖面を揺らしていた風がその向きを変えた時、漸くアドニスの瞳にしっかりと自分の姿が映ったのを、リラは確認した。

この瞬間に覚悟を決めたのは、リラだったのか。

それともアドニスなのか…。


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