天使のような微笑で
「こ、こんばんは」

 この間よりも緊張している彼女の声。
 
「こんばんは」

 俺も緊張して、のどが渇いてきた。

 だんだん俺に近付いてくる。

「あ、あの。先日はありがとうございました」

 俺の目の前に立ち、ぺこりと頭を下げた。

「こちらこそ。来てくれてありがとう」

「・・・」

 会話が続かない。
 
「・・・乗って?」

 こんなところで突っ立ていたらまずい。
 急いで助手席のドアを開け、車に乗るよう促した。

 エンジンをかけ車を走らせる。
 
 目的地は誰も居ない所。
 誰の目にもつかない所。
 
 立てた計画をすっかり忘れてしまった俺は、とにかく車を走らせた。

 車内はカーステから流れるロックだけ。
 俺も彼女も一言もしゃべらない。

 時々、彼女をチラ見するが、膝の上でこぶしを握りうつむいている。

 何から話そうか、運転しながらずっと考えていた。

「名前」

「えっ?」

 パッと顔を上げる彼女。

「まだ聞いてなかった。教えて?」

 信号が赤で車は停まる。
 俺は、彼女に視線を向けた。
 彼女は視線を合わせてくれない。

 また下を向いた。

< 62 / 69 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop