桜舞う月の夜に
「来て頂けたのですね」
「ああ…」
朧は隆雅の元に早足で近付いていった。
その後には小夜が付いて来た。
「ありがとうございます…。本当に来て頂けるとは…」
「…信じてなかったのか?」
訝しげに訊ねると、朧は首を横に振った。
「いえ…。ですが、貴方様はきっと高貴な家柄でしょうから…。わざわざこんな廃れた屋敷まで、夜遅くに赴いて頂けるかと思いまして…」
朧はそう言い、目を伏せた。
普通ならそう考えるだろう。
こんな廃れた屋敷に来るよりなら、もっと高貴な屋敷の女人の元へ通った方がいいだろう。
だが生憎、隆雅にはそんな仲の女はいないし、高貴な家柄とかそんなことは気にしない人間だった。
それに約束したことは必ず守るようにしている。
それが初めて会った人との約束だとしても。
「でも…嬉しいです。また笛の音も聴くことが出来ましたから…」
朧は本当に嬉しそうにして微笑んだ。