桜舞う月の夜に
きっとこの人溜まりの向こうに犠牲になった者の死体があるに違いない。
隆雅はその場を離れた。
自分には関係のないこと。
それに隆雅自身、その物の怪とやらを見たこともないから、正直そのような存在が本当にいるのか疑問に思ってた。
だが、隆雅の知り合いには、物の怪を滅する陰陽師の者がいるので、やはり存在するのかと考え直したり…。
とにかく隆雅は物の怪には興味がないので、今は出仕のために急ぐだけだった。
*******
宮中の校書殿(きょうしょでん)に隆雅はいた。
そこは蔵人が勤務する役所であった。
隆雅は一緒にいるもう一人の男と文書の整理をしていた。
外はもう薄暗い。
二人は今日の仕事は終わらせたらしい。
「今日も終わったな、隆雅」
もう一人の男、橘広信(たちばなのひろのぶ)はそう言って一息ついた。