恋する旅のその先に
それでも彼は振り返らない。
その代わりに、少し顔を上げて雲の向こうに、空の彼方に視線を飛ばす。
「なぁ~」
『お嬢さん』
「なぁに?」
「なぅ」
『わたしたちの手は、大きいでしょうか? それとも、小さいのでしょうか?』
「?」
彼の言葉の真意がつかめず、私はただ首を傾げた。
すると彼はしっぽを軽くひと振りし、
「なぅっ」
『きっとね。小さくはないのでしょうけれど……“それほど大きいわけでもない”のですよ』
荒れた草原を一陣の風が吹き抜ける。
「なぁ~」
『あの方の想いを受け止めるには、わたしの想いを手渡すには、この手はまだ小さいのです』
揺れる、枯れ草と青草のグラデーション。
そして私の髪。
それから彼のひげ。
「くるる……」
『だから、今はまだ歩き続けなければならないのです。この手がすべてを支え、受け止められるほど大きくなるように……』
彼はいう。
私たちは自分の世界の広さの分だけ、手の平を大きく出来るのだと。
だから、様々な出逢いを繰り返さなければならないのだと。
いつか帰りたいその場所を、自らの手で支えるために。
そのためにはときに“離れ離れになる強さ”を持たなければいけない。
哀しいけれど──
淋しいけれど──
でも、それは必要なことだから。