恋する旅のその先に
好きな“音”がある。
「うちのこと、はぁ好きじゃないん?」
夕餉(ゆうげ)の香りの隙間を縫ってどこからともなく聞こえてくる、線路の警報器の音。
「なんでついてこい、いうてくれんの?」
自動ドアが開くたびに雑踏のさざめきを覆ってしまう、ゲームセンターの音。
「ずるいわ……」
おもちゃを箱からひっくり返して出し続けているかのような、上流の川のせせらぎ。
「待つとかよぅせんから……」
視界一杯に広がったたくさんの蓮の葉を、ジャズドラマーになったつもりでリズミカルに叩き続ける、梅雨の長雨の音。
「そねぇなこと、よぅせんから……」
おばさんたちの井戸端会議を一蹴する、飛行機の空をこじ開ける音。
「あほ……」
そして彼女の声。
あの懐かしい“なまり”を思い返す度につっ、と胸の奥で何かが身動ぎをする。
あの響き。
あれらの響き。
郷里の──“郷”の“音”。
今となってはもう、あの場所に帰ったところで、1等聴きたい彼女の音はなく。