恋する旅のその先に
オイルライターの香りが、好き。
人の1番最後に残る感覚は聴覚らしいけど、記憶に結びつきやすいのは嗅覚らしい。
だから想い出は、香りと結びついた瞬間、途端に色鮮やかな風景となって脳裏に蘇る。
私にとってはそれが、オイルライターの香り。
これがあればいつだってあの人のことが思い出せる。
あるときあの人は煙草にいつものように少し顔を斜め下に傾けてから火を着け、こういった。
「やっぱりコレが1番だ」
チィンッ、と音を立ててライターの蓋を閉じて、さも嬉しそうに笑うあの人に私が、
「じゃあ2番は?」
と聞くと、
「2番はマッチ。あの“リン”の香りとハードボイルドさがたまらないね」
「そうなの?」
「そうなの。10年後の俺ならこれが1番になるかも」
「ふぅん」
出来ればそれまでに禁煙をして欲しいものだと内心思ったけれど、それはいわずに、
「じゃあ次は?」
と尋ねる。
すると今度は、
「ガスコンロかな」
そうあの人は答えた。
「キッチンの?」
「そ。カッコいいだろ? こう顔を斜にしてコンロに近付く様が」
「ふぅん」
室内で吸われるのがそもそも好きじゃないから、キッチンでなんてもってのほか。
なんてことはまたしても胸の内にしまう。
ちなみに換気扇をつけたとしても、ダメ。