恋する旅のその先に
ト音記号の書き方もおぼつかない僕が恋した彼女は“レース越しの君”。
部活帰りに肉まんをほおばりながら自転車をのらりくらりと漕いでいたときだった。
その日はいつもの道が工事中で迂回をしなきゃいけなくって。
少しだけ遠回りになる住宅街を僕は通っていたんだ。
辺りを見渡してもさしておもしろくもなんともない人様の家しかないし。
音楽プレーヤーのバッテリーはあいにくと切れてるし。
一陣の風を期待するようなスカートが通ってるわけでもないし。
もくもくと肉まんの味を噛みしめるくらいしか楽しみがない道すがら。
ふと、ピアノの音が聴こえてきたんだ。
それがなんという曲名なのかはまったくわからなかったけれど、音楽の時間に聴いたことがあるような気がした。
他に興味を引くものがなかったせいなんだと思う。
普段は授業以外に聴く機会もないし、聴きたいとも思わないそれにふらふらと引き寄せられてしまったのは。
あちこちにぶつかってようやくそのピアノの音は僕の耳に辿り着くせいか、なかなか“もと”を探し当てることが出来なかったけれど。
ようやく、そこに着く。
なんだか小洒落た家だった。
夕陽を吸い込んで今は朱に染まった壁は曇りのない純白で、屋根は壁を雲に例えるなら空に似た抜けるような青。
まるで空をひっくり返したようだと、なんとなしに思う。
きっとこんな家では夜食にカップ麺なんて出てこないのだろう。
ミネストローネとボンゴレ辺りが出てくるに違いない。
つまりは、別世界がそこにあった。