恋する旅のその先に
それは実に唐突に訪れた。
会社帰り、駅のホームを出ようとしたそのとき。
ぱらぱら、という音と共に雨が降りだしたのを目にした次の瞬間。
俺のこころはアノ日の放課後へと誘(いざな)われたんだ。
そうあれは中学の頃。
今日と同じように校舎から出ようとした直前に雨が降ってきて。
「マジかよ……」
置き傘を教室に取りに戻ろうかとした俺は、ふと振り返りざまにひとりの少女を目にした。
壁に寄りかかった体勢で空をぼんやりと眺める彼女。
少し眉根を寄せているところを見るとどうやら傘を持ってないらしく。
一緒の方向に帰る友人もいないのか、その表情のまま特に動く様子もなかった。
雨雲のせいで微かとなった陽の光すら吸い込んでしまうような黒髪は背にはらり、と垂れ。
一見おとなしそうに感じるけれど不満そうに軽くつき出した唇からは気の強さが伺える。
襟元のについた紺色のピンから学年は同じだとわかったけれど、名前まではわからない。
クラスも近くの組ではなかったんだろう。
顔の見覚え自体、ない。
だからかける言葉なんてものはどこにもなくて、俺はそのまま、教室へ傘を取りに戻った。