恋する旅のその先に

 手袋をわたしはしない。

 どんなに吹雪く日でも、絶対に。

 指先が真っ赤になってかじかんでも、一生懸命両手をこすり合わせて必死に耐えるの。

 彼はとってもやさしい人。

 ドアをくぐるときは必ず先に開けて待っていてくれるし、イスに座るときはスッ、とそれを引いてくれる。

 特別な日にはこっそりプレゼントなんて用意してくれるし、けっして上手じゃないわたしの手料理もいつだって満面の笑顔で綺麗にたいらげてくれる。

 でもね。

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけ贅沢をいえば、積極性に欠けるの。

 キスはおろか、手をつないだことだって、今までない。

 告白したのはわたしの方からで。

「少しだけ、考えさせて?」

 と、その場の勢いに左右されないようにきちんと考えてから数日後に、

「付き合って、くれますか?」

 そう彼からいわれたから、彼がとっても誠実な人でちゃんとわたしを好きでいてくれていることに疑いはない。

 けれどもう少し、近くにきて欲しい。

 そう思っちゃうのはやっぱり贅沢なこと?

 不安なわけじゃない。

 ただ不満なだけ。

 ううん。

 わたしの方から近付けばいいだけなのだから、これはきっとわたしのワガママね。

 でも、でもね?

 告白したのはやっぱりわたしの方だから。

 あんまり暑苦しく思われたくないし。

 違う……。

 やっぱり彼の方からわたしを求めて欲しい。

 触れてきて欲しい。

 そのとき初めて、彼の気持ちに確信が持てるの。


< 69 / 110 >

この作品をシェア

pagetop