恋する旅のその先に
「おまえといるとなんだか落ち着くよ」
喫茶店で珈琲をすすりながらいったあなたの言葉はうれしいはずなのに、なぜだか素直にそう思えなかった。
だって、わたしはあなたといると落ち着かないもの。
手は汗ばむし、前髪はやたらと気になっちゃうし、服を選ぶのも前日の夜から当日の朝までかかっちゃう。
どんなに美味しそうなメニューが載ってたって、女の子らしいものしか選べない。
“カツ丼”なんてもっての他。
あなたが近くに寄れば寄るほど、鼓動は速さを増していき、離れていけばいくほど、淋しさで心臓が締め付けられて、その内止まっちゃうんじゃないかと思うくらい。
なのにあなたは、わたしといると落ち着くという。
ほら、素直に喜ぶだなんて出来るわけがないじゃない。
だってわたしと同じ気持ちじゃないってことでしょう?
この店を出てしまえば外はもう夕暮れ時で。
運よくどこかにご飯を食べにいったとしても、その後はきっとお互いの部屋へ足を向けるだけ。
そしてまたわたしの鼓動はゆっくりと遅くなっていく。
このドキドキは、痛みに変わっていく。
街にどれだけの恋の歌が溢れていても、今のわたしには何の縁もない。