実体験記 風花(かざはな)
「こんな店は…
生まれて初めてや。」
よく解らない彼に変わって私が注文したのは、
バドワイザーと
コロナビール、
フィッシュ&チップスと
チリビーンズ。
瓶で出てきたビールの
口を合わせ、
2人くすりっと
笑いながら乾杯した。
「儂、今は客人なんや、組に寝泊まりしているから…」
素性を明かし、
その他にも話をポツリポツリとしてくれた。
当時、
新聞を賑わしていた
暴力団のある組に
在籍していた彼は、
父も任侠で
自分も影響を受け
ヤクザになった事を、
ゆっくりと
静かに話し始めた。
私はただ、
彼の瞳を、
カウンターに落とす彼の視線を見つめながら、
静かに聴いた。
広島での出生から
学生時代の出来事
世間から言われて
半ばヤケになった思春期、
族時代に遊んだ思い出や恋した人、
何故、
自分自身が仁侠になったのか、
自分自身の心の移り変わり、
そして、
罪を犯してきたと…
今、自分の心は…
それから、
黙ってしまった横顔を私は見続けた。
彼の少し重たく
淡々と静かに
切なく、
語る口調や横顔から、
…誰かに聞いて欲しい。
そんな自身の心を
語っている、
そう感じていた。
話が終わると、
顔を上げて不安いっぱいに、私の顔を覗き込む様に見た彼が、
次の瞬間
不思議そうにした。
私が、
きょとんとした顔をしていると、
「怖く…ないの?」
と、
少し恐々と尋ねる彼は
まるで、
迷子になった少年の様な瞳だった。
私は首を横に振り
何も言わずに、
ゆっくりと
微笑んだ。