実体験記 風花(かざはな)
不意に肩を抱き寄せ、
引き寄せられた。
…その手は僅かに震えている様に思えた。
そんな風に
抱きしめられたのは、
生まれて初めての事だったと思う。
私が
「…度胸が売りのヤクザ屋さんなのに…
寒いの?」
と、聞くと
「いや、緊張して…
お前、
あったけぇ~な。」
抱きしめる腕がより一層力強く感じられた。
今でも…
印象に残る思い出のワンシーンは、
心切なく、
蘇ってしまう。
私は気がつかなかった。
いや、
気づいていたのかもしれない。
彼のこれから来る出来事や哀しみに…
それから、
2人寄り添い手を繋ぎ、
もう直ぐ明かりも落ちて寝静まろうとする
繁華街の中を歩いた。
段々と開いている店が疎らになると、
2人の口数も減り
ただ、
俯いて歩いた
冬の夜のしんしんとした時の中を…。
やがて、
ラブホテルの前に差し掛かった時、
彼が私の顔を覗き込みながらも
少し真面目な影のある瞳で微笑んだから、
私は少し照れながら微笑みながら頷くと、
強く手を引かれホテルに入った。
古びたホテルの入口で手早く部屋を取り、
狭いエレベーターで
上がる時には、
彼は私と視線を合わさずに
何かを決意したかの様な横顔をしていた。
私は少しだけ、
緊張していた。
重たいドアを開けて
部屋に入ると、
其処は狭い部屋に似合わない位に
大きなベッドと、
小さいが窓側に
2脚の椅子と
小さなテーブルがあり、
厚手のカーテンの下からは
街頭の灯りがうっすらと差し込んでいた。