不機嫌な果実


「あぁ。俺さ、9月1日付けで関西支社に異動することになったんだ。まだ内示だけど」


「えっ、異動?」


コクンと頷く相澤に、ごくんと唾を飲み込んだ。


動揺を悟られまい、と咄嗟に喉仏に手を当てていた。


相澤が異動する……。


同期として六年間共に働いてきた仲間。そして、元彼氏。


「そう。それはよかったわね。栄転ということかしら?」


「いや、まだ詳しいことは分からないんだ。関西支社の山口さんが退職することだけは部長から聞いたけど」


山口さんと言えば、関西支社の営業部の部長さん。


バリバリの営業畑を踏んできた方で、売上実績が認められ、38歳の若さで部長を命じられたなかなかのやり手。


甘いマスクとお洒落な山口さんとは、本社で何度か面識がある。


彼に憧れている女性社員が多いのも確か。


でも、残念なことに、山口さんは入社早々に結婚した妻帯者だ。


上の子どもは、もう中学生になるはずだ。



< 124 / 210 >

この作品をシェア

pagetop