不機嫌な果実


「風がありますね。渡辺さん、寒くないですか?」


「うん。ちょうどいいわ」


頬をすり抜ける風が心地よい。


さっきまで、緊張感の中に身を置いていたからなんだかホッとする。


さわさわと竹の葉を揺する風。


何十本もの竹が同じ方向に揺れるさまは圧巻だ。


耳を澄ますと、何やら虫の鳴き声が聞こえてくる。


季節柄、松虫だろうか。それとも蛩(コオロギ)だろうか。


静かな庭園に、優しい虫の音が響いている。


ひと足早く、ここには秋の訪れがやってきたようだ。


< 132 / 210 >

この作品をシェア

pagetop