不機嫌な果実
「恥ずかしがらずに、こっちを向いて下さい」
耳元で優しい声が谺(こだま)する。
――“麻紀!言いなりになってはダメよ!こんなのあなたらしくないわ!”
――“うるさいわね。大丈夫よ!彼の言う通りに前を向いて!あなただって望んでいるはずだわ!”
麻紀の頭の中では、二人の天使と悪魔が囁きあっていた。
あー、もう!どうしたらいいの。
そうこうしているうちに、いろいろ考えていたら思うように呼吸ができなくなってきた。
逆上(のぼ)せてしまったのか、突然、麻紀の視界がふわっと真っ白になった。
そのまま立っていることができず、次第に意識は遠退いていった。
「……さん!渡辺さん!……」
薄れゆく意識の中で、必死に自分の名前を呼ぶ声がした。
逞しい身体に抱き抱えられるような感触とともに――…。