破   壊
 私は限界だった。

 あれ以上、彼の話を聞き、書き写して行くなんて、とても出来ない。

 彼は、私が猟奇的場面の話に気持ちが悪くなったと勘違いしていたが、具合が悪くなった原因はその事ではない。

 彼の精神の異常さに対面していられなくて、具合が悪くなったのである。

 もっと判り易く言えば、彼という存在と対面していられなかったのだ。

 彼の姿、話している時の表情、特に、ふっと浮かべる笑み。

 時間が経つにつれ、彼の臭いまで感じられるようになり、吐き気がしたのだ。

 私は、一刻も早くその場から立ち去ろうとした。

 駅迄歩くのすらもどかしく、拘置所の前に停車していたタクシーに飛び乗った。

 彼のような人間を一体どう裁判で弁護しろと言うのだ。

 もはや、彼を人間と呼んでいいものだろうか。

 悪魔のような所業などという形容は、それこそ陳腐過ぎる。

 私が感じたものは、そんなもので括れるものではない。

 前回以上に私の心は彼に蝕まれたような気がする。

 渋滞に巻き込まれたタクシーの中で、私はそんな事を考えながら、左手に持っていた黒革のノートを見つめた。

 気が動転していて、鞄にしまう事すら忘れていた。

 何気にノートを開いてた。

 彼の言葉を書き連ねた文字は、数行もすると乱れ始めていた。

 それは、私の心の内そのものだった。

 見るともなしに書いた文字を追っていたら、ついさっき迄の情景が目の前に広がって来た。

 反射的にノートを閉じ、鞄の奥に放り込んだ。





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