破   壊
 彼からの三度目の手紙が届いた。

 相変わらず、長い手紙だ。

 三通目は、自分の近況についての内容だった。

 事件の事は一言も書かれてなく、精神病院の食事は、拘置所より不味いとか、医者達は皆狂っているというような愚痴が延々と書かれていた。

 ごく普通の手紙……狂ったほとばしりは、微塵も感じられない文面。淡々と具にもつかぬ事を書いていたが、担当の精神科医と日常接する看護師達に対する観察眼には目を見張るものがあった。

 問診の際の癖、表情、そして、会話さえも彼は細大漏らさず意識の中に取り込み、それを書いていた。

 丁度、彼の大学時代から逮捕に至る迄の状況を調べていた最中だったので、やっぱりなという思いで読み進めていた。

 彼の性格の一つに、対人観察能力の鋭さを私は感じていた。

 彼を知る大学時代の同級生達や、職場の元同僚からの証言からも、それが窺えた。

 そういった性格分析等は、鑑定医からの報告書に事細かく書かれて来るであろう。

 だが、果たして彼は自分の本当の姿、本心を鑑定医に見せるであろうか。

 彼の日常を調べているうちに、私は、彼が幾つもの仮面を使い分けて生活していた事を知った。

 嘘を真実のように語る術を持ち、他人から得るべき評価、印象をその時々の状況に応じて、彼は演じていた。

 その場面で出会った者は、それが彼の姿と思い込む。

 別なシチュエーションでは、真逆の姿を見せ、相手にそう思わせていた。

 彼に対する印象が、会う人間によって、見事にバラバラだった。

 多分、彼は鑑定医には自分の心を見せないだろう。

 漠然と、理由も無しに、私はそう決め付けていた。

 ダラダラと書かれた手紙は、何を訴えかけたいのか読み取れないまま、最後の一枚になった。

 文字を追っていた私の肌に、いきなり鳥肌が立った。

『先生とゆっくり話がしたい』




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