破   壊
 彼の鑑定結果が届いた。

 責任能力有り。

 半ば予期していた事とはいえ、その結果は私の気持ちを重くした。

 一審が終わる迄、どれ位の時間が費やされるのだろう。

 近年、日本の司法制度の不備がマスコミでも多く取り上げられ、掛かりすぎる歳月に批判が集まっていた。

 その影響で、以前に比べて多少は審理スピードが早くなった。 とはいえ、今回のような特殊な事件では、やはり時間が掛かる事は間違いない。

 しかも、今年から裁判員制度が取り入れられ、この裁判もその対象になっている。

 難しい裁判になる。

 彼からの手紙が頭の中でちらつく。

『先生と話がしたい』

 実際、いやでも彼と向き合わなければならなくなる。

 一応準備は進めていた。いつ裁判の日取りが決まってもいいようには、私なりに資料を揃え、弁護方針も定めた。

 これ迄と違って、法律に疎い一般人にも訴え掛けなければならない。

 何を?

 真実を。

 きれいごと。

 私の心の中で、ずっとこの言葉が揺れ動いている。

 精神科医が、彼を責任能力有りとしてくれた事は、彼に対する私自身の許し難い心情からすれば、それで良かったと思っている。

 多分、私はこれ迄の裁判では見られないような弁論を展開して行く事になる。

 こういう者を精神鑑定に掛けて、場合によっては無罪の可能性があるかも知れないという、現在の司法制度を見直すべきではと訴えるつもりだ。

 そういう方向でしか、私は彼の法廷には立てない。

 公判用のノートに書き込まれた内容は、何処から見ても弁護士のそれではなかった。

 知らない者が読んだら、間違いなく、検察官のノートだと思うであろう。




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