破   壊
 私は一枚の原稿用紙を取り出した。

 彼は相変わらず私の方をじっと見つめている。

「今から読み上げますのは、被告人が小学三年の時に書いた作文です。

【きのう、戦争映画を見た。
 ばくだんや大砲の弾で人の手や足がたくさん飛んでるのを見た。
 ちぎれた肉がピンク色してて、そこから血がたくさん出ていたけど、ちっともきれいじゃない。
 僕は、赤とかピンクの色が大好きで、その色を見てるとなんだか幸せな気分になれるのに、この映画の時はなれなかった。
 前に見た別の映画では、ちゃんと幸せな気分になれた。
 それは、怖い話の映画で、首が切られたり、手が切られたりするところがたくさんあった。
 その時に見た血の色や、内臓のピンク色が、ものすごくきれいで、僕はずっと見とれていた。
 幸せな気分になれた。】

 もう一度言います。被告人が小学三年の時の作文です」

 裁判員達を見ると、いずれも表情を曇らせ、中には俯いてしまった女性も居た。

 私の長い話は、彼の高校、大学時代と続き、母、早苗の職業に関する下りとなった。

 この時、彼の表情に、これ迄に無かった変化が見られた。

 ずっと、無表情に近かった彼であったが、母親の話になった途端、まるで何かを思い出したかのように微笑み出したのだ。

 私は、意識して彼を見ないようにしていたのだが、知らず知らずのうちに、視線の端に彼の姿を捉えていた。

 いや、本当は、私が彼に捉えられていたのかも知れない。

 その微笑みは、ぞっとするようなものがあった。

 まるで、舌なめずりをする時に見せる、そんな表情だった。




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